仙台地方裁判所 昭和27年(ワ)106号 判決
原告 中村秋雄
被告 西岡邦江 外一名(いずれも仮名)
一、主 文
被告邦江は原告に対し金四万七千五百二十五円及び之に対する昭和二十七年四月十九日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告邦江に対するその余の請求及び被告正人に対する請求はいずれも之を棄却する。
訴訟費用は之を六分しその一を被告邦江、その五を原告の負担とする。
この判決は原告において被告邦江のため金一万五千円の担保を供するとき、第一項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告等は連帯して原告に対し金十七万五千六百五十五円及び之に対する昭和二十七年四月十九日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の連帯負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告は訴外宮崎健治の仲介により被告邦江と婚約し、昭和二十七年一月十七日結婚式を挙げ、同棲することゝなつたが、被告邦江はその翌日何等正当の理由がないのに原告に無断で実家に帰り、原告の再三の懇請にもかゝわらず、年令が合わぬ等根拠のないことを主張し、原告方に帰る意思のないことを表明して之に応ぜず右婚姻予約を破棄した。又被告正人は被告邦江に説き同人をして右婚姻予約破棄の決意を生ぜしめたのであるから、被告邦江と共同の責任がある。而して、原告は被告邦江との婚約のため結納金として金一万五千円を贈り、結婚式のため膳料として金四万八千百円、媒酌人謝礼として金二千三百円、着付費用として金二千二百円、自動車賃並に祝儀として金四千五百円、被告関係人宿泊料として金二千四百円、写真代並祝儀として金千五十円、進行係謝礼として金七百円及び諸雑費として金八千五百円、合計金七万五千六百五十五円を費し同額の損害を被つた。又原告は大正十二年三月九日生れで高等小学を卒業し、現在株式会社安藤組に勤務し、報酬月額金一万円の支給を受け、その両親は農業に従事し、弟妹四名を有するものであるが、初婚であるため被告邦江との婚姻予約を破棄されたことにより面目を傷つけられ多大の精神的苦痛を被つたからその慰藉のためには金十万円を相当とする。以上の理由により、原告は被告等に対し連帯して、前記損害額及び慰藉料合計金十七万五千六百五十五円及び之に対する本件訴状送達の翌日たる昭和二十七年四月十九日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、被告等の主張事実中、原告代理人と被告邦江代理人との間に本件婚姻予約を破棄する合意が成立したこと、被告邦江の生年月日、学歴、父母の家業、家族関係はこれを認める。訴外宮崎健治が原告の年令は数え年二十六才であると紹介したこと及び被告邦江が本件婚姻に関し金六万円を費したことは不知。四悪十悪という婚姻に関する俗信があること及び被告邦江が原告との婚姻予約の破棄により精神的苦痛を被つたことは否認する。被告等主張の婚姻予約破棄の合意には原告が被告等から慰藉料として相当額の支払を受けることの条件附であつたに拘らず、被告等は右慰藉料の支払を拒絶したから、右破棄の合意はその効力を失つたと述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、被告邦江が訴外宮崎健治の仲介により原告と婚約し、次で結婚式を挙げたが、その翌日実家に帰り、原告の要求にもかゝわらず原告主張の理由をあげて原告方に帰らないこと、原告が結納金一万五千円(但内金三千円は化粧料)を贈つたこと並に原告の生年月日、学歴及び原告が初婚であつたことは何れもこれを認める。けれども、原告が右の外右結婚式のため金銭を費したこと、被告正人が被告邦江に説いて同人をして婚姻予約破棄の決意をさせたこと、原告が右婚姻予約の破棄のため面目を傷つけられ精神的苦痛を被つたこと及び婚姻予約破棄の合意が条件附だつたことは何れもこれを否認する。その他の事実は知らないと述べ、抗弁として、宮城県下には四悪十悪と称し婚姻当事者の年令の差が四才又は十才であることを忌む俗信があるが、前記宮崎は原告が数え年二十六才であると紹介したので、被告邦江はこれを信じて婚約を為すに至つた。しかるに、結婚式の直前原告は三十才で同被告との年令の差が十才であることを知つた。かような次第であるから、被告邦江は原告との婚姻予約の破棄について正当の理由がある。仮に、右事情が婚姻予約破棄について正当の理由でないとしても、被告邦江の代理人たる被告正人は昭和二十七年二月二十日原告の代理人たる訴外中村守夫及び同中村ときとの間に婚姻予約破棄の合意が成立したから原告の本訴請求は理由がない。仮に右主張も亦理由がないとすれば、被告邦江は原告がその年令を偽つたゝめ原告との婚姻に破れたのであるから原告はこれについてその責任がある。而して、同被告は本件婚姻予約に関し、金六万円を費し右婚姻予約破棄のため同額の損害を被り又被告邦江は昭和八年二月十六日生れで、高等小学を卒業し、家事手伝をしており、その両親は田畑合計一町五反を耕作して農業に従事し、山林十町歩を所有し、被告邦江は兄弟七人を有し、その三番目であるが、初婚であるため右婚姻予約破棄により精神的苦痛を被りその慰藉のためには金二十万円が相当であるから、同被告は原告に対し、前記損害金の賠償及び慰藉料の各請求権を有する。よつて、被告邦江は右合計金二十六万円と原告の本訴請求とを対当額において相殺すると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が訴外宮崎健治の仲介により被告邦江と婚約し、昭和二十七年一月十七日結婚式を挙げたが、被告邦江はその翌十八日原告に無断で実家に帰り、原告の懇請にも拘らず原告主張の理由をあげて原告方に帰る意思のないことを表明して之に応じないことは当事者間に争がない。けれども、被告正人が被告邦江に説きその他同被告をして原告方に帰らない決意を生ぜしめ、その他之に共同した事実はこれを認めるに足る何等の証拠がないから原告の同被告に対する本訴請求はこの点においてすでに理由がない。
よつて、被告邦江の主張について判断を為すと、証人林ゆきゑの証言及び被告正人本人尋問の結果によれば宮城県の一部には「四目十目」に酷似した「四悪十悪」と称し婚姻当事者の数え年の差が四才又は十才であることを忌む俗信のあることを認めることができ、原告が大正十二年三月九日生れで、被告邦江が昭和八年二月十六日生れであることは当事者間に争がないから、両者の数え年の差が十年で、本件の婚姻が右俗信の場合に該当することは明かである。しかるに証人宮崎健治の証言並に被告正人及び同邦江各本人尋問の結果によれば、宮崎健治は昭和二十六年十二月初旬頃本件婚姻の申込を為した際、原告の写真を示し、原告の年齢は二十六歳であると紹介し、右写真は実際よりも若く撮れていたし、その後原告の父中村守夫が被告正人を訪ねた際の答も同一だつたので原告と被告邦江とは年まわりがよいということで被告邦江は右婚姻の申込を承諾するに至つたことを認めることができ、証人林ゆきゑの証言及び被告邦江本人尋問の結果によれば、被告邦江は原告方の結婚式場に行くため原告に乗合自動車で迎えを受け原告方の門前近くに到着し、まさに降車しようとして、附近に集つたものゝ内に「原告の年齢は三十才である」と噂するものがあるのを聞き、初めて、自己と原告との年齢の差が十才で、本件は正に右俗信に該当する場合であることを知り、更に結婚式場において原告に会い、その容貌が予想以上に老けているのを見て右噂が真実であるとの確信を抱き此の時原告との婚姻の意思を失うに至つたことを認めることができ、原告本人尋問の結果中右認定と異る部分は信用できない。而して、被告邦江及び同正人各本人尋問の結果によれば、被告邦江は右事実を事前に知つていたとすれば、到底婚姻を承諾しなかつたことを認めることができるけれども、かような俗信は特別の立証がない限り、根拠があるものとは考えられないから、右は結局右俗信を信ずるものゝ主観的にのみ重要性を有する事実の錯誤というのほかはなく、一般に右俗信を信じないものに対する関係においてまでそれ自体を以て、婚姻予約を破棄するについて正当の理由となすことはできない。尤も婚姻当事者にとり相手方の年令は重要なる事項に属することはいうまでもないことであるけれども、従来未知であつた男女が婚姻する場合においては、写真及び戸籍謄本等を交換する外、各自その調査に手を尽し、更に進んで、いわゆる見合を為して慎重を期することが我国一般に行わるゝ風習であるから、若し被告邦江において右程度の注意を払つたとしたならば容易にその真実を知りえたと考えられるにもかゝわらず、漫然宮崎及び原告の父守夫の言を信じ、写真を見たというに止まつたのであるから、軽卒の謗を免かれず、しかも、原告又は宮崎その他のものにおいて前記俗信を知り、その他被告邦江が特に原告の年齢について関心を持つことを知り、故ら、手段を構えて被告邦江を欺罔したことはこれを認めるに足る証拠はないのであるから、他に何等首肯すべき理由がない以上本件婚姻予約を破棄しうべきものということはできない。したがつて、原告は被告邦江に対し、その理由なき婚姻予約の破棄によつて生じた損害の賠償を請求しうるものと解すべきである。
被告等は原告代理人訴外中村守夫及び同中村ときは昭和二十七年二月二十日被告邦江代理人被告正人との間に本件婚姻予約を破棄する合意が成立したと主張し、右事実は当事者間に争がない。けれども、証人宮崎健治、中村守夫の証言及び被告正人本人尋問の結果によれば、原告代理人中村守夫は右合意の際被告邦江代理人被告正人に対し祝儀費用と相当の慰藉料を請求して譲らず、被告正人亦之を拒否するに終始し、遂に物別れになつたことが明かであるから、これを以て原告代理人中村守夫が原告の右婚姻予約の破棄により被つた損害の賠償請求権を抛棄したものとみとめることはできない。
よつて前記被告の婚姻予約不履行により原告の被つた損害の額について判断すると、証人中村ときの証言により成立を認めうる甲第一乃至第十号証、成立に争がない乙第一、第二号証及び証人中村ときの証言(下記認定と異る部分を除く)によれば、原告は本件婚約成立に際し被告邦江に対し結納として金一万二千円、及び化粧料として金三千円合計金一万五千円を贈り、又前記結婚式の費用として、魚代金一万四千四百円、風呂敷代金三千六百円、菓子代金五百円、婚姻振袖貸付料金千七百円、進行係謝礼金七百円、写真代金八百五十円、関係人宿泊料金二千二百円、自動車賃金四千円、薪炭食料品、酒及醤油類金七千三百三十八円合計金三万五千二百八十八円の支出をしたことを認めることができる。証人中村ときの証言中右の外本件婚約のため原告が支出を為したとの事実に関する部分はいずれも採用できない。その他原告の主張を認めるに足る証拠はない。したがつて原告は結納金一万二千円のほか本件婚約に関し、合計金三万八千二百八十八円を費したが、右結納金は婚約の破棄により不当利得として被告邦江に対し返還を求めうべきものであるから、右婚約の破棄により合計金三万八千二百八十八円の損害を被つたと認めるべきであるが、証人宮崎健治及び同中村守夫の各証言によれば原告の父中村守夫は宮崎に原告の配偶者の仲介を依頼するに当り原告は当時二十八才で満年にすれば二十六才であると教えたことを認めることができ、又被告正人に対し自らその旨答えたことは前に認定した通りであるから、被告邦江の誤解を生じた原因の一部は原告の側の不用意なる言葉にあつたと認めざるをえない。よつて、右誤解を以て直ちに本件婚姻予約の破棄についての正当の理由となしえないとしても、少くとも、前記損害賠償額を定めるについては原告の側の右事情を斟酌すべきことは当然であるから、被告邦江は原告に対し、前記損害額の内金二万五千五百二十五円を賠償すれば足るというべきである。
而して、又、原告は被告邦江が婚約を破棄したがために精神上苦痛を被つたことはこれを認めるに難くないから、次に、その慰藉料の額について判断を為すと、原告の生年月日は前に説明した通りで、その学歴がその主張の通りであること及び原告が初婚であつたことは何れも当事者間に争がなく、証人中村守夫、中村ときの証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は当時株式会社安藤組に現場監督として勤務し、両親は農業に従事することを認めることができる。けれども、証人宮崎健治、中村守夫、中村ときの各証言並に原告及び被告各本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、従来原告及びその家族は被告等及びその家族と互に遠隔の地に居住し、全く未知の間柄であつたが、原告の父訴外中村守夫は昭和二十六年秋頃遠縁に当る訴外宮崎健治に対し原告のため配偶者の仲介を依頼し、宮崎は被告邦江の伯母訴外林ゆきゑを知つていたことから同被告に会つたこともあつたので、同被告の父被告正人に対し、原告のため婚姻を申入れ、同年十二月初頃には之が具体化し、同月二十日には結納の授受を終り、昭和二十七年一月十七日結婚式を挙げるに至つたものであるが、以上のような関係であるから従来原告と被告邦江は一面識もなかつたのにかゝわらずこの間において右両名は単に写真を交換したのみで格別見合を為すということはなく、同被告がその母と共に仙台に来た際、宮崎が右両名に見合を為さしむべく、その旨原告方に通知した際にも原告の父中村守夫が之に応えて会いに来たけれども、仙台市内の北仙台のバス停留所前で被告邦江とその母に会つたのみで足れりとし、原告は「お父さんお母さんがよければ私は見なくてもよい」という程度の関心しか持たなかつたことを認めることができるから、以上の事実から判断すると、原告の両親こそ原告の為配偶者を求め与えることに努めていたと考えられるけれども、原告自身は極めて消極的で寧ろ冷淡であつたとすらいわなければならないから、かような事情の外本件に顕れた諸般の事情を斟酌するときは、被告邦江の原告に対し支払うべき慰藉料の額は金一万円を以て相当と認めるべきである。
被告等は、被告邦江は、本件婚姻予約の破棄により、之に関し支出した金六万円と同額の損害を被り、又、精神上の苦痛を被り、その慰藉料の額は金二十万円が相当であるから、原告に対し右損害の賠償並に慰藉料の支払を求める権利があると主張するけれども、被告邦江は正当の理由なくして本件婚姻予約を破棄し、その不履行の責を負うべきものであること前に認定した通りである以上相手方に対し右婚姻予約の履行されなかつたがため自ら被つた損害の賠償又は之に基ずく精神上の苦痛に対し慰藉料の請求を為すことはできないと解すべきであるから、被告邦江の右主張は、事実の存否について判断を為すまでもなく、これを採用することができない。
以上の通りであるから被告邦江は原告に対し、前記不当利得金損害賠償額及び慰藉料合計金四万七千五百二十五円の支払義務があるというべく、原告の本訴請求は被告邦江に対し右金額及び之に対する訴状送達の翌日たる昭和二十七年四月十九日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから之を認容すべきであるけれども、同被告に対するその余の請求及び被告正人に対する請求はいずれも理由がないから之を棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条及び第九十二条本文を、仮執行宣言につき同法第百九十六条第一項前段を各適用し主文の通り判決する次第である。
(裁判官 松尾巖 飯沢源助 山下顕次)